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名古屋地方裁判所 昭和52年(ワ)340号 判決

原告 三井物産工作機械株式会社

右代表者代表取締役 石原宏

右訴訟代理人弁護士 酒井俊雄

右同 酒井俊皓

右訴訟復代理人弁護士 水野敏明

被告 株式会社 山善

右代表者代表取締役 山本猛夫

右訴訟代理人弁護士 高橋二郎

主文

被告は原告に対し、金一、六〇〇万円とこれに対する昭和四九年九月五日より右支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は、原告において金五〇〇万円の担保を供するときは、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求める裁判

(請求の趣旨)

一  主文一、二項同旨

二  仮執行の宣言

(請求の趣旨に対する答弁)

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

(請求原因)

一  原告は訴外トーア精密株式会社(以下、単に「トーア」という)に対し、昭和四九年六月二五日、その所有にかかる別紙物件目録記載の機械一台(以下、本件機械という)を、代金二、六〇〇万円とし、その支払方法を昭和五〇年二月から翌五一年二月まで毎月末日限り金二〇〇万円宛に分割して支払い、右代金が完済されるまでは本件機械の所有権を原告に留保する、との約定で売渡した。

二  ところで、トーアは、昭和四九年九月四日頃、未だ代金は完済せず、従ってその所有権は原告に留保されたままの本件機械を原告に無断で被告に売渡し、被告は本件機械が原告の所有であることを知ってこれをトーアより買受け、その後右機械を第三者に転売した。

三  トーアは、本件機械を勝手に被告に売却してしまったことを秘して昭和五一年六月一五日に倒産するまで右機械代金として合計金一、〇〇〇万円を原告に支払ったが、結局、残額の支払いは今日までしない。

四  よって、原告は被告に対し、本件機械の所有権に基づく返還請求にかえて右機械の被告がトーアより買受けた昭和四九年九月四日当時の価額金二、六〇〇万円より前記の既に支払いを受けた金一、〇〇〇万円を控除した金一、六〇〇万円とこれに対する同年九月五日より支払いずみに至るまで民事法定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

(請求原因に対する答弁)

一  請求原因一の事実は否認する。原告は従来より本件機械の如き工作機械を訴外入丸商事株式会社(以下、入丸商事という)を通じて一般ユーザーに販売していたものであり、本件機械も原告から入丸商事に、入丸商事からトーアに順次売買されたのであって、被告がトーアより本件機械を買受けたとき右機械はトーアの所有であった。

二  同二の事実中、被告がその主張の頃に本件機械をトーアより買受け、その後これを他に転売したことは認めるが、その余の事実は否認する。

三  同三の事実は知らない。

四  同四は争う。

(被告の抗弁)

一  仮に、本件機械がトーアの所有ではなく、原告の所有であったとしても、被告は、右機械がトーアの所有であるものと信じて平穏公然に同機械をトーアより買受けてその占有を取得したものであり、トーアの所有であると信じたことにも何らの過失もなかったのであるから、被告は即時取得によって本件機械の所有権を取得した。

二  すなわち、トーアは、昭和四九年八月当時被告に対し金四〇〇万円の債務を負担していたのであるが、同年七月に取引先である入丸商事が倒産したことから資金繰りが非常に苦しくなり、トーアの代表者高木孝男から被告に対し、遊休機械の北村鉄工所製プレーナー一台及び本件機械を買ってもらいたい旨申し出てきた。

被告は、工作機械の取扱商社であって、この種の機械は通常所有権留保付の分割払の方法で売買されていることは承知していたので、本件機械をトーアより買受けるに当り、被告は右高木孝男に対し、右の点につき特に説明を求めたところ同人は、本件機械は入丸商事より買ったものでその代金の一部は既に支払ずみであるとして入丸商事発行の納品書(乙第三号証)、領収証(乙第四、第五号証)等を呈示するとともに、残金については、トーアが入丸商事に対し多額の融通手形を貸しているが、入丸商事が倒産した以上右手形はトーアで決済せざるを得ず、その決済すべき金額は本件機械の前記残代金額を遙かに超えるものであるから、トーアは入丸商事に右残代金は支払う必要のないものである、と説明した。

三  そこで、被告は、本件機械はトーアが入丸商事より買受けたものでその所有権も当然トーアに帰属するものと信じて、トーアの要望によってこれを買うこととし、昭和四九年九月四日、被告、トーア間で本件機械の売買契約を締結したのである。

以上のとおり、被告がトーアより本件機械を買受けるに際しては細心の注意を払って同機械がトーアの所有であることを確認したうえ取引したのであり、右取引に当って、本件機械がトーアの所有であると信じたことにも何らの過失もなかった。

(抗弁に対する原告の答弁等)

一  抗弁一は争う。

同二の事実は知らない。但し、昭和四九年八月当時、入丸商事が倒産し、同社に融通手形を振出していたトーアが右手形の決済に苦労していた事実があることは認める。

同三の事実は否認する。

二  被告は、本件機械をトーアより買受けるに際し、それがトーアの所有でないことを知っていたが、仮に知らなかったとしても知らないことにつき過失があったことは次の各事実により明らかである。すなわち

1 本件機械には原告の所有権留保を示すシールが貼付してあったばかりか、昭和四九年八月当時、本件機械はトーアの工場内でシートをかけたままの状態で保管されており、しかも、本件機械を除く右工場内のトーアが従来より使用していた機械設備等の一切は当時国税局から差押えを受けその旨の表示がなされていたのであるから、本件機械はトーアの所有でなく、又、従来より使用していたものでもないことは一目瞭然の状態にあったこと、

2 被告は、工作機械等を販売する大手の商社であって、本件機械は原告が総販売権をもって入丸商事を通じてユーザーに販売していたのであるが、昭和四九年五月当時の入丸商事はすでに本件機械を取扱えるような経営状態になかったことは充分知っていたこと、

3 被告は、本件機械のような高額の機械は通常所有権留保付で割賦売買されているが、入丸商事にあっては常に必ずこの方法で工作機械を販売していることはよく知っていたこと、

4 被告がトーアより見せられたという入丸商事発行の領収証には、機械代金の支払のために約束手形を領収した旨の記載がなされており、このような手形を受領したとの記載があるに過ぎない領収証の存在をもって、直ちに本件機械の所有権が入丸商事からトーアに移ったと考えることはできないし、トーアがその後右手形を決済できるような経済状態になかったことも被告は充分承知していたこと、

5 被告は予ねてより入丸商事とは取引があったのであるから、本件機械をトーアより買受けるに際し、入丸商事に同機械の所有権の帰属について問合せることは容易なことであったし、問合せをしておれば本件機械がトーアの所有でないことは直ちに知ることができたこと、

以上の事実から、本件機械がトーアの所有でないことを知らなかったことには明らかに過失があったというべきである。

第三証拠《省略》

理由

一  《証拠省略》を総合すると原告はトーアに対し、昭和四九年六月二五日、本件機械を売買代金二、六〇〇万円、その支払方法を翌五〇年二月より毎月末日限り金二〇〇万円宛ずつ分割で支払ってもらい、右支払が完了するまで同機械の所有権は、原告に留保するとの約定で売渡したことが認められ、右認定を覆えすに足る証拠はない。

被告がトーアより本件機械を昭和四九年九月四日頃に買受け、その後これを第三者に売却してしまったことは当事者間に争いがなく、トーアが被告に本件機械を売却した当時の同機械の時価は金二、六〇〇万円相当であったが、トーアはこれを金二、二五〇万円で被告に売却しながら、原告に対しては右売却の事実を秘して本件機械代金の一部として、合計金一、〇〇〇万円を支払ったのみで残代金一、六〇〇万円を支払うことなく、昭和五一年六月に倒産し現在に至っていることは、《証拠省略》を総合することによって認めることができる。

二  そこで、被告の主張する即時取得の成否について検討する。

1  被告がトーアより本件機械の引渡を受けてその占有を始める際、平穏公然にその占有を取得したことは、民法一八六条一項によって推定され、その反対事実を認めるべき証拠はない。

2  原告は、被告が本件機械を買受けた当時、被告は同機械がトーアの所有でないことを知っていたと主張するが、右主張事実を認めるに足る証拠はなく、却って、《証拠省略》を総合すると、被告は、本件機械をトーアより買受けるに当り、本件機械の如き工作機械をその販売業者から買受けるについては、通常代金は割賦支払とし、代金完済のときに始めてその所有権の移転を受けるいわゆる所有権留保の割賦販売の方法によることが多いことを知っていて、本件機械についてもその例により、所有権は未だトーアにないのでなにかと一応考え、トーアの代表者高木孝男にこの点を確認したところ、同人は、本件機械は入丸商事より買受けたが、その代金の一部を既に支払ずみであり、残代金についても、トーアが入丸商事に対し右残代金額を超える額の債権を逆に有しているので、これは支払う必要がないものであると説明し、入丸商事が発行したという納品書(乙第三号証)、領収証(乙第四、第五号証)も見せたので、被告は、本件機械はトーアの所有であるとの右高木孝男の説明を信じて、これをトーアより買受けたものであることが認められる。

3  ところで、本件機械のように価格の高い工作機械は、所有権留保付で代金を割賦払いの約定で売買されるのが通常であることを、被告が知っていたことは前記認定のとおりであり、《証拠省略》を総合すれば、被告は、本件機械の如き工作機械類の販売を業とする大手の専門商社であって、本件機械は原告が総販売権を有し、中部地区にあっては、被告とも長年の取引関係にある機械商社の入丸商事を通じて一般ユーザーに販売されているものであることはわかっていたし、トーアは、本件機械を買受けて間もなく一度も使用することなしにこれを被告に売却しようとしているもので、しかも入丸商事は既に倒産していることもわかっていたのであるから、被告が本件機械を買受けるに当っては、トーアが果してその所有権を有しているかどうか、殊に、本件の売買対象物が高額な本件機械であるから、トーア・入丸商事間のみならず入丸商事・原告間にあっても所有権留保約款付で割賦払いの約定で売買がなされていて、その所有権は未だ入丸商事もしくは原告に留保されているのでないか、とその所有権の帰属について疑念をはさみ、トーアに対し、本件機械の売買契約書や代金の領収証の呈示を求めるのみならず、入丸商事もしくは原告に対しても問合せてその所有権の帰属につき確認すべきであったし、そうすることは極めて容易であったというべきである。しかるに、被告は、本件機械をトーアより買受けるに際し、トーアの代表者高木孝男の説明と同人が呈示した納品書、領収証(特に乙第四、第五号証によると、呈示された領収証は、その記載からは本件機械代金のものと直ちにいえないものであるし、現金でなく約束手形を領収したというものである)の存在から、本件機械がトーアの所有のものであると軽信し、それ以上の所有権の帰属についての調査をしなかったのであるから、被告が本件機械がトーアの所有であると信じたことには過失があるといわねばならない。

以上の次第により、被告の即時取得の主張は理由がないことになる。

三  してみると、原告の本訴請求は理由があることになるからこれを認容し、民事訴訟法八九条、一九六条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 大橋英夫)

〈以下省略〉

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